父は、父の部屋の畳に染み込んだタールの匂い。
ゲームセンターの椅子の匂い。
パチンコ屋の椅子の匂い。
旅館の部屋の匂い。
いまや父を感じる場所はなく、
ただ、カビとタバコの匂いの染みついた
布団を頭から被るのみにて
母はセブンスターと言っていたけれど
僕は幼いながらに、
フィルターの色を見ていたのである。
あれは赤ラークだったはずなのだ。
ラークを初めて吸った時、父の存在を感じたのだ。
学校なんか行かなくても良い。
ただ、映画さえみれば良い。
そう言った、あの日の父は
我ら兄弟の内にのみ生きている。
いま実家にいるのは父の皮を被った骨に過ぎない。
脳は萎縮し、頬はたるんでいる。
父の母親が亡くなって、父は心底ほっとしているようだった。
父の背中に悲しみを感じることはなく、
安堵のような丸み。
(子の役目は親より長生きするだけだ)
母は小さな僕に、何度もそう言った。
その意味が、父の背中の丸みから感じ取れたのだ。
なんともはや。
ある日、父の日記帳を発見したと兄に見せられた。
一行目
(今日から日記を書き始めることにするぞ!イェーイ!←なんだ、そのテンション)
と書いてあった。
なんてこった、間違いなく自分の父親ではないか…
兄と共に頭を抱え、同時に笑い合った。
変な人。
僕の父に対する想いはそれに尽きる。
なんて変な人。
僕の父。
だがしかし、おかしいのは父の方だと思っていたが、
実のところ、母の方が、息子から見ておかしなところがあると、30を目前に気づき始めたのである。
変人の隣に居続ける、すました顔の母こそどうかしていたのである。続く