ワコーのカド blog

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IVEから学ぶ“主人公”としての在り方

IVEは6人もれなく主人公タイプである。

その上で非常にバランスが取れているのだから大した戦略の打ち出しかただと感嘆する。

イソとガウルの主人公性から語れば、

イソは最年少を打ち出した“成長過程”という主人公性を持つ。

ビジュアルはメンバー全員の平均を取ったような、つまり美人を極めれば美しさの平均になるわけで、イソのビジュアルはまさにそれと言えるから「全員と似ている」と言われるのだろう。

アイドルに必要な要素は“非均等”さであると私は定義したい。

では、完璧で平均的美人なビジュアルを持つイソの真の強みはなにか?

もちろんアイドルなわけで、キャラクターは重要である。

そこには末っ子キャラと本人の素直さが醸し出す“赤ん坊”のような、見ると自然と笑顔になるような魅力がある。

しかし、歌声だ。

イソは鼻にかかった声であり、ある種それは若さからくるものだったが、18を超えてあえてそこを活かすようになった。

事務所の意向か本人の資質かわからないが、決定的な声質を持つことに成功した。

声の判別が一番わかりやすいのはイソだ。

以前本人が述べた「誰が聴いても私とわかる声が欲しい」という理想を現実にした。

幼さゆえの特性を、長所にして伸ばす方向にしたことでグループで唯一の声質になった。

これが不均衡によってバランスを保つアイドルグループという歪な存在において“主人公”でいられる理由となったわけだ。

疲れたから他五人はいつか。

中原中也と僕

宇多田ヒカルの新曲が最高にロックしている。

ていうか歌上手いな、というのを宇多田ヒカルは毎回思わせてくれるからすごい。

中原中也は大林映画で興味を持って、精神病んでたときにずっと読んでいた。

わからんなあ、って詩もたくさんあった。

ただ世の中には沢山の本がある。

「この詩を書いたとき中原はこういう状態だった」という時系列があると、綺麗な言葉が並んでいるように感じていた詩も、案外「くだらねえな…」というのがちょこちょこあるのだ。

しかし、それをさも美しいことのように切り取るセンスが詩人なんだなと思う。

芸術は極論魅せ方が全てである。

インプレッションで金を稼げるようになったから、とりあえず注目を集めれば良い小学生低学年の笑いの取り方みたいなのが横行し、

最初は嘲笑っていても1人が真に受けてしまうと情報は1人歩きを始め、気がつけば世間の意見の一つになっていく。

情報過多の世界で生活は困窮するばかりで、米は一年で倍額になり、それでも声を上げたい、なにか変えたい!

そんな人が1人歩きしている情報に「けしからん!」となっても、果たしてその人を責められるだろうか。

ふとそんなことを考える。

けしからん人間が増えるとどうなるかというと、文脈を読み取れない人間が増える。

文脈を読み取れない人間が増えるとどうなるかというと、キーワードにだけ反応するようになる。

やれ“夫婦別姓”とか、やれ“共産党”だの

大して意味も深掘りもせず。

その時間、余裕がないのは情報過多のせいだと述べています。

だから中原中也なんだ。

青い空は動かないんだよ。

雲切れひとつあるでないなんだよ。

目からLSDを入れるんだ

公開された映画を映画館で観て

職場で「面白かった!なぜならーー」

「つまらなかった!なぜならーー」

そんな論戦を毎週繰り返し

何年も何年も

今思えばあれは劇薬でしかなかった。

なんと幸せな時間だったろう。

たしかに青春だった。

俺はその青春を思う存分堪能した。

堪能しすぎたかもしれない。

仲間内でのやり取りに飽き足らず、作り手達にも近づいた。

観る側のできる仕事の最適解を探した。

手にしたと思う。

俺は失敗したのか?

世界は退屈だろうか?

そんなことないことはわかっている。

やはり俺が退屈な人間なだけだろうか。

少なくとも俺はいま退屈で仕方ない。

ここは退屈迎えに来て

ファクトチェックという言葉

まさか日本人がこんなにAIに取り込まれるのが早いとは、

まあ、相性がいいのだ。

日本語を読み取れない日本人は“ファクトチェック”というAIの判断に身を委ね始めた。

あまりに早い。

これも、“ファクトチェック”という言葉が認知されたからだ。

自身で言葉を、文脈を理解できないから、AIに理解を依頼するとは、

ディストピアの始まり、

文明の放棄である。

歴史もロクに学ばず、言葉の使い方も学ばず、

AIに委ねてしまうのだ。

ネタだから、と言ってしまう人間は

“ネタ”という言葉に踊らされていることに気づいていない。

どこまで馬鹿になれば気が済むのか。

進んでアイデンティティを差し出すような人間は、AIはあっという間に取り込んでしまうだろう。

自分で使ってみて危うさがわかる。

どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えに“ファクトチェック”などと

恥ずかしく無いのか?

お前の誇れるものはなにか?

言ってみろバカタレ。

“推し”という言葉

もはや推しという言葉は商業的意味をもつようになった。

アイリットのアーモンドチョコレートめちゃくちゃ良い曲なのだが、歌詞があまりに気色悪く、こんな気色悪い歌詞をアイドルに歌わせるなと悲しくなる。

なんだこれ秋元康よりキモいぞと思ったらナカジだったか。

歌い出しが「推しは癒し」である。

ひえー!!!キモいキモいキモい!!!とYouTubeを急いで閉じた。

全身鳥肌立った。

やめろよこんなの歌わせるの。

オタク、ヲタ活というものはずっと卑下されてきた。

そしてオタク本人もちゃんと自覚していた。

世間的に受けが悪かろうと、自分の好きなものを好きと言ってなにが悪いのかと、誇りと、とはいえ居心地の悪さと、悲哀を込めたカウンターとして推しという言葉は存在していた。

いま“推し”という言葉は商業化され世間に浸透し、むしろ好きなことがあることが良きこととされる世の中になったと言える。

それ自体は素晴らしいことだが、商業化された言葉は思想を離れ金を生み出すための装置と化す。

だからアイドル本人に「推しは癒し」と歌わせることに商業的匂いがプンプンとし、鼻の奥を突き、吐き気がする。

これはつまりアイドルに「オタクはATM」と歌わせてるのと同じことなのだ。

地下にウヨウヨいるゴミのようなグループのどうしよもない内輪受けだけのネタ曲でもなく、アイリットに真面目に歌わせているところがタチが悪い。

非常にタチが悪い。

なんだよ「推しは癒し」ってやばいだろ。

気色悪い!!

バーカ!!

そして続く歌詞が「飽きず尊い

飽きず尊い!!??

飽きず、尊い、、

キモオタの妄想ポエムをアイドル本人に歌わせることになんの意味があるのか。

このメタ視点は本当に気色悪い。

“こう読み取れる”とかじゃなく、ただひたすら気持ち悪い。

気持ち悪い。

なにが気持ち悪いかって、消費者目線なところだ。

消費者目線の歌詞を演者側に歌わせるグロテスクさがある。

人間の骨格

ダンス動画を眺めていて、人間の骨格とは面白いものだなと思う。

チャレンジ動画という韓国の文化を知ったのも最近だが。

一つの曲を色んなアイドルが、男女関係なく踊る。

バズる。

アルゴリズムに組み込まれる。

男性のダンス、女性のダンスに骨格の差から迫力やしなやかさに違いが生まれるのはわかっていたが、

よくよく見るとそんな簡単な話ではなく。

人間の骨格というのは全員違くて

プロフェッショナルな人たちのダンスを見るほどに、

技術とは「正確さ」ではないと思わされる。

自分の骨格を理解した上で、最適解の可動域、魅せ方をできる人たちをプロフェッショナルと呼ぶのだ。

それは「お姫様」的衣装では視認しづらく、だからこそ着せているのかもしれない。

などと日本のアイドルを見てきて上手い下手を判断してきた身としては思うのだが、

ダンスと骨格と、導かれる「魅せ方」こそ実にアイドル的ではないか?

だからやはりアイドルとはどこまで行っても人間讃歌なのだ。

学生時代何度も言われた「君は君で良い」という言葉は、今になって真実だと思える。

ただいやらしい考えで、当時自分と接していた教師たちが真の意味で「君は君で良い」という言葉を理解し俺にかけていたか?

と考えると、どこかで聞いたそれっぽい言葉として「教師」から「生徒」へかけられた骨格のない言葉のように思える。

「君は君で良い」ならば、なぜ俺は今こんなに苦しんでいるのか?

そんなことをずっと考えてきた。

いやらしい言い方をすれば「君は君以上でも以下にもなれない」が正解であり、「君は美しい」と言ってくれる存在が必要だったと思う。

日本人的精神がそれを言わせなかった。大人たちに。

俺が親になったらかけてあげる言葉がたくさんある。

KPOP第四世代を一周して思ったこと

第四世代と言われているKPOP女性アイドルをザッと一周したのではないかと思う。

きっかけは、さすがにNewJeansを聴いてみようと(まさかこんな状況になってしまうとは思いもせず)車で流してみたのが始まりである。

最初に聴いてみたNewJeansは「ふーむ。まあこれが流行るのか」くらいの感覚であった。

次にIVEを聴いて喰らってしまった。

一周して思うけどIVEは非常にわかりやすい。

大衆向けだ。

だがしかし、日本的な「大衆向け=安っぽい」ではなく、むしろ真逆にゴージャスなわけだ。

これは全体的に言える話で、練りになられたアイデアを、曲と詞と振り付けと全てと、演者である上澄み中の上澄みの鍛え抜かれたアイドルたちが具現化するそのパワーに圧倒されるばかりだ。

もちろんハズすこともある。

しかしクオリティは間違いなく、マーケティングを見誤ることはどれだけプロでも難しい。

話を戻すとIVEは曲も詞も、なによりメンバーの個性が非常にわかりやすい。

だからスッと入ってくるし、子ども人気が高いというのもわかる。

なんと言ってもウォニョンとユジンの2人が大きい。

2人のカリスマがいるグループは強い。

これは僕がよく言う「ヒロトマーシー」理論である。

同じ事務所で、IZ*ONEでトップを走っていた2人であるからして、色んな意味でグループの芯なのは間違いない。

そして僕はイソが好き。

声が良いから。

まあとにかく良いキャラクターが揃ったものである。

曲は圧倒的に「After LIKE」が好き。

最初に度肝抜かれたのは「I AM」だったけど。

ど真ん中を突き詰めるとこういうことになるのかと、theエンタメの極致を見せつけられた気分だった。

 

aespaはとにかく曲が良い。

ウインター可愛い。

事務所の色があるんだなあと思うし、着いていくみんなもすげえなあと思うが、曲が良いんだから仕方ない。

KPOPの良いところは曲が短い!

3分あるかないか。

映画なら90分の良作を見ている気分。

それでMVはとにかくカットが切り替わりまくる。

ワンカット換算したら1秒いくらなんだろうね。

それでとにかく工夫が各所にこなされていて、バズる要素をこれでもかこれでもかと詰め込んでくる。

フレーズだったり、振り付けだったり、カメラワークだったり、抜け目ない。

スーパージゼルタイムというのはしてやったりなのだろうか、詰め込みの中の産物なのか。

aespaはひたすら気持ち良い。

ただ最初に聴いてたら響いたかと言えば、おそらく「洋楽っぽいな」で終わったと思う。

だから入り口としてIVEにハマったのは自然の流れと言える。

 

Le Sserafimはサクラちゃんがいるグループと思っていたが、曲と振り付けのクセに戸惑った。

しかし「HOT」のMVが「めっちゃデヴィッドリンチやん!!」という興奮と曲の良さでずっとMVを見ていた。

それで、「crazy」とかはまだ流行るのはわかるのだが、「Easy」を聴くと「???」と思ってしまった。

今は超好きだけど。

Le Sserafimは難しい。聴いていればクセになるけど、これが一億回再生されているのはどういうことなのか?というのは未だに考える。

カズハが好き。

声がとにかく良い。

かすれ声大好きなので。

 

KiiKiiは上手いスタート切ったのではないでしょうか。

知らんけど。

スターシップが中小扱いの事務所なのが驚愕というか、わからんのだが、キャッチーさと、エッジの利かせ方と、メンバーの華と、バランスが良い。

 

ILLITはほんとにみんな可愛くて日本人ウケしそうだなあと思う。

曲が良い。

とにかく曲が良い。

ミンジュ可愛すぎる。

 

ここまで書いてて、全然一周してねえなと思う。

ただカムバとか、仕組みは理解したのでこれからが楽しみである。

ちなみにIVEのファンクラブ入っちゃった。

昔乃木坂のライブ行った時「豆粒がウロチョロしてるだけ」と腐したことがあったが、本域の東京ドームとかは凄いんだろうなと思うから行きたい。

イソを見たい!!!!

 

で、曲はそれぞれ聴いてみて、改めてNewJeansを聴いてみると、信じられないくらい、めたくそ曲が良いのだ。

Le Sserafimの「Perfect Night」は誰が聴いても良い曲、と言う意見を見て初めは「そうなのかな…」と思っていたが

今はわかるのである。

とんでもなく良い曲なのだ。

 

しかし、NewJeansの曲の良さはどうだろう。

これはアンテナ張ったおじさんが食いつくよ。

おもしろいのが、初めは「ふーむ」だった自分が、KPOP文化に2ヶ月ズブズブになってから、改めて聴いた後のNewJeansの曲の良さである。

良すぎる。

なんだこれは。

自分のアンテナの鈍り方に肩を落とす。

でもそれは、まだまだ楽しみが残っているということだ。

以上2ヶ月くらいKPOPをひたすら聴いた人間の戯言でした。

そしてコンテンツが充実し過ぎていて、YouTubeから離れられない。

一体何人が関わっているんだ?と頭を抱える。

これは立派な国家プロジェクトなのだ。

イソが好き。